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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)824号 判決 1965年8月17日

上告人

北海道知事 町村金五

右指定代理人

中村盛雄

ほか二名

被上告人

有塚弥五兵衛

被上告人

有塚正心

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡本元夫、同中村盛雄の上告理由第一点について。

論旨は、上告人が、本件(八)の土地に対する未墾地買収令書およびその交付に代わる公告において、その土地の所在地番長沼町字馬追原野三二一六番地を三二一七番地と表示したことをもつて、右処分を無効ならしめる瑕疵と判断した原判決は、自作農創設特別措置法三四条、九条の解釈適用を誤つたものというにある。

しかしながら、原判決は、本件(ハ)の土地につき、北海道農地委員会(以下道農委と称する)が当初地番を馬追原野三二一七番地、被買収者を北海道拓殖銀行として未墾地買収計画を樹立し、ついで被買収者を上坂シゲと訂正し、さらに道農委の決議によつて右買収計画を変更し、地番を三二一六番地、所有者を有塚弥五郎買収期日を昭和二四年七月二日と定めて同年一二月二八日これを公告し、上告人において右買収計画を認可して買収令書を被上告人有塚弥五兵衛に交付しようとしたところ、同人は受領を拒絶したので、昭和二五年二月一七日その交付に代えて公告した事実を認定し、その被買収者の氏名表示の過誤は、処分を違法ならしめるに足りない単純な誤記としても、その地番の不一致は、対物処分とも解しえられる未墾地買収処分の客体の相違であり、本件において、馬追原野三二一七番地原野二町五反の土地は、本件(ハ)の土地と登記簿上の地目、面積において同一であるが、それとは別個に存在し、訴外上坂シゲの所有に属していたことは、上告人も自認するところであるから、右買収令書並びにその交付に代わる公告に他人の所有地の地番が誤つて表示されていることは、前叙のように、本件(ハ)の土地に対する買収計画の要件につき度々にわたり誤謬が繰り返えされていることに徴しても、単純な事務取扱上の不手際による過誤と解することはできず、買収手続の効力に影響を及ぼすべき瑕疵ある場合といわなければならない旨を判示しているのである。右判決の認定した事実のもとにおいては、係争の買収処分の過誤は、これを本件(ハ)の土地の単なる地番の表示の誤記にすぎないと容易に認識しうる程度のものとなしがたく、むしろこれを買収の対象を誤つた重大かつ明白な瑕疵と解すべく、この点についての原判決の前叙の判断は、相当である。

論旨は、被上告人有塚弥五兵衛は、本件(ハ)の土地の買収計画に対し異議を申し立て、その買収を熟知しておりながら、買収令書の受領を拒否したものであるから、その交付に代わる公告に地番の誤記があつたにせよ、右(ハ)の土地の買収を十分知りえたのであつて、その公告の誤記は処分の無効原因に値しない旨を主張するが、右公告の表示する買収の対象が、前叙のように、本件(ハ)の土地を表示するものと認めがたい以上、このような処分庁の一方的な過誤によつて惹起された重大かつ明白な瑕疵ある処分について、処分庁自らはその過誤を看過して補正の手続をとることもなく放置し、被処分者はこれを知りえたはずであるから、その瑕疵は処分の効力に影響ないものと論ずるのは、失当というべきである(昭和三九年一〇月二三日第二小法廷判決、民集一八巻八号一七八四頁参照)。

なお論旨は、このほか本件(ハ)の土地についての前叙昭和二四年一二月二八日の買収計画の公告においては、地番を正しくまた土地所有者も有塚弥五兵衛と訂正していたのであり、上告人は原審でそのように主張したのにかかわらず、原判決が右買収計画においても所有者を有塚弥五郎と表示した事実につき当事者間に争いのない旨を判示しているのは、当事者の主張しない事実を判断に供した違法があるとすべきものというが、所論の事実につき当事者間に争いのなかつたことは、原判決の引用する第一審判決の事実の摘示によつて明らかであり、原審においても、この点につき変更のあつたものとは認めがたく、したがつてその非難はあたらない。

論旨は、いづれも、採用しがたい。

同第二点について。

論旨は、原判決が本件(ハ)の土地は、もし昭和二四年春にるおけ上告人の違法な土地立入禁止の処分がなかつたとしたならば、同年一二月二八日変更された買収計画の公告当時までには農地として耕作して収穫をあげ、未墾地買収の対象にはならなかつたことを認定しうるものとし、したがつてその買収は、完全な農地を未墾地として買収した場合と同様、その買収計画、買収処分を無効と解すべき旨を判示したことをもつて、自作農創設特別措置法三〇条の解釈適用を誤つたものであるというにある。

原判決の挙示する各証拠に基づけば、本件の土地について、もし上告人の違法な立入禁止がなく、その変更された買収計画の公告のあつた当時まで被上告人弥五兵衛が予定した開墾、耕作を行なつていたとしたならば、右土地はすでに農地化完成の状況にあつたであろうと認められないことはなく、そして行政庁が自ら違法に作出した状態を利用して、そのような状態の存在を要件とする処分を行なうことは、もともとその処分を一定の要件のもとに許容した法の趣旨に適合するものとはいいがたいから、原判決が、前叙の事実認定のもとに、上告人が本件(ハ)の土地の開墾作業を違法に抑止しながら、右土地を未墾地の状態にあるものとして買収する処分を瑕疵あるものと解したのは、首肯しうるところである。しかも、それは違法の立入禁止さえなかつたとすれば、明白に農地化されていて未墾地として買収されるはずのない状態を現出していたものと想定しうる場合であるから、本件買収処分は無効たるを免れないと解した原判決の判断は、所論のように失当とはなしがたい。

論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

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